風景に溶け込む幾何学

 Mayumi HARAは、糸を張り巡らせてかたちを生み出す「糸のアーティスト」です。一本一本の糸を丁寧に組み立てながら、絵画のような世界を紡ぎ出しています。作品の多くは絹糸を用いて制作されており、その糸は主に作家自身の手で、細心の注意を払って染め上げられています。この緻密で忍耐を要する制作の背景には、作品全体を貫く深い思想があります。

「私の作品を通して、宇宙という奇跡への感謝の気持ちを表現したい。そして、たとえ人の一生が短いものであっても、穏やかで満ち足りたものであってほしいという願いを込めています。」

 近くで作品を見つめると、まず圧倒されるのは、驚くほど密に張り巡らされた糸の量です。それはまるで、静かに佇む繊維の森のようでもあり、一点一点の作品から、途方もない時間と集中力、そして高度な技術が注ぎ込まれていることが伝わってきます。

《フィーバスとボレアス》は、イソップ寓話をもとに、ジャン・ド・ラ・フォンテーヌが語り継いだ物語に着想を得ています。その教訓は「力よりもやさしさの方が、人の心を動かす」というものです。北風ボレアスが旅人の外套を力ずくで脱がせようとする一方、太陽フィーバスはその温かな光によって成功します。

 この対比は、Mayumi HARAの構成の中に見事に表現されています。作品の中心には、放射状に広がる糸で形づくられた藁色の円が配され、フィーバスの静けさと揺るぎない存在感を象徴しています。その周囲では、青から白へと移ろう色調の細長い形や三角形が、激しくうねる大きな渦を描き、ボレアスの荒々しさを想起させます。光に満ちた太陽の安定感と、周囲を取り巻く力の奔流との対比は鮮烈であり、この複雑な構成そのものが、制作に必要とされた忍耐と厳密さを物語っています。

《月光》では、簡潔な幾何学的表現による、独創的な冬の情景が描かれています。月は完全な円として、木々は二等辺三角形として表され、黒い背景が月と樹影の白さを際立たせています。そこには夜の静けさと冬の冷気が漂い、凛とした空気感が広がります。作家によれば、この作品はドビュッシーの《月の光》に着想を得たもので、冬の寒さの中で木々がひそやかに囁くような、音楽の持つ憂いと静謐さを糸で表現しようとしたものです。

《太陽のボレロ(Taiyō no Boléro)》は、黄色からオレンジ、そして赤へと移ろう色彩によって、沈みゆく太陽を思わせる作品です。モーリス・ラヴェルの名曲《ボレロ》との結びつきは、作家自身の強い記憶に由来しています。

「1981年の映画『愛と哀しみのボレロ』のラストシーンで、ホルヘ・ドンがモーリス・ベジャールの振付によって踊る《ボレロ》の場面は、45年以上経った今も私の心に深く刻まれており、この作品の源となりました。」

 糸の色とリズムが徐々に高まっていく構成は、音楽が反復とともに高揚していく《ボレロ》の構造を思わせ、見る者を静かな陶酔へと誘います。

《聖ワシリイ大聖堂》は、複雑で緻密な構成が多い作品群の中にあって、ひときわ軽やかで明るい印象を与えます。少し傾いた姿で描かれた大聖堂は、鮮やかで遊び心あふれる色彩に包まれ、楽しさと喜びが前面に押し出されています。この作品は、対立や争いよりも、笑顔や想像力こそが人にとって必要であるという、作家のメッセージを率直に伝えています。

 最後の《朝の挨拶》は、一日の始まりを祝福する作品です。やわらかな象牙色に黄色を重ねた太陽の光が、少しずつ世界を照らし広げていきます。その下には、白く清らかな富士山の頂が姿を現します。日本では、富士山の真上に太陽が昇る瞬間は、吉兆とされ、よい一日の訪れを告げる特別な光景です。この作品からもまた、Mayumi HARAが自然に寄せる深いまなざしと、世界の美しさへの敬意が静かに伝わってきます。

評論 フランソワーズ・イカール

2021年、芸術文化勲章を受勲。芸術振興協会ARTEC会長、ヨーロッパと世界の女性アーティスト市民の会アルトゥエルスグループ会長、ラバーゼ事務局長、フランス芸術記者組合会員、職業芸術家組合会員、芸術・科学・文学会員。SMLH(レジオン・ドヌール勲章会員協会)準会員、ヨーロッパ芸術科学文学アカデミー(AESAL)永久幹事。トゥール大学を卒業後、ルーヴル美術館の肖像画家であった父のもとでデッサンとパステルを学ぶ。教師としてのキャリアをスタートさせ、BTS(上級技術者免状)のコミュニケーションと心理社会学、創造性を専門に指導。ラジオ番組の司会、テレビ出演など多くのメディアでも活躍している。


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